2007.08.27
MH小説『炎の山の狩人たち』vol.41

押してくだちい
Chapter6-6『高み』
キョウが目を開く。
「来るぜ・・・それも2匹だな。」
「2匹か~。ジン君とソゥ君、手伝ってもらえるかな?」
「あ、あぁ・・・」
キョウの言ったとおりだった。青い体が2つ。地面を割って現れる。
「それじゃそっち、お願いなぁ。」
クラインの言葉を聞き、ジンとソゥは頷く。2人はそれと同時に太刀を抜いた。
思いのほか、戦いにくい。
膝下辺りまで水に浸かっているだけで、いつもとこれほど違うのか。
この雨水に浸かってみて、足を取られ、ジンは初めて気が付いた。
それも狭い。壁際に行けば、ただでさえ範囲の広い鎌蟹の攻撃は避けづらいだろう。
「はっはぁ―――――!!おっほ―――――――!!!」
キョウはなにやら奇声を上げている。
ジンとはまた違った、“狩りになると性格が変わるタイプ”らしい。
クラインはほとんど動かずに定位置から矢を放っている。
強い。この強さは上位クラスに部類される。
ソゥは勿論、ジンもまだ上位クエストの受注は許可されていない。
下位とは格が違う。甲殻の厚さ、鋏の鋭さ、何をとっても。
「うあ・・・っ!!」
ソゥの体が宙に浮いた。石ころが投げられたように。
ソゥの太刀が弾かれたのだ。ソゥの太刀の切れ味、そして技術では弾かれるのも当たり前だ。
「大丈夫?」
ソゥが立ち上がりざま、上を見上げると、弓を構えたクラインが立っている。
ソゥはそれほどまで飛ばされていたのだ。
「やっぱウチらで片付けようか?2人はまだ上位入ってないんやろ?無理あったかなぁ」
この言葉が、ソゥ、そしてその師匠であり仲間でもあるジンの闘争心に火をつけた。
ジンの、面倒臭がりで負けず嫌いな性格は、ソゥにもうつっていたらしい。
悪気の無いクラインの発言に、ソゥは赤くなりながら太刀を握った。
「うおおぉぉぉおぉ!!ヘルブラザーズになんか負けねぇぞ!!」
自分の標的は先程の鎌蟹。
洞窟の端から端まで飛ばされたソゥは、その距離を走る。
水に、ぬかるんだ土に足をとられることは気にしない。
そのまま、太刀の軌道は半円を描き、そして鎌蟹の鋏にぶつかる。
火花とともに、鋏と太刀が砕ける。
勢いあまって足をもつれさせるソゥ。
ベシャッ、という格好の悪い音が洞窟に響いた。
「ぷっ・・・はっはっはっは!!はははははは」
戦いそっちのけで笑い転げるキョウ、その傍らではクラインも爆笑していた。
「だ、大丈夫?ソゥ君・・・あっははははは!!」
ソゥは先ほどよりもずっと顔を赤らめる。
水と泥でまみれたその顔を見ると、キョウとクラインはさらに笑った。
しかし、その笑いは突然止まる。
キョウの背後から襲い掛かる青い影。
キョウの右腕が、地面についていた剣を軽々と振る。そのまま振りきり、鎌蟹はキョウの前に倒れる。
「けっ、空気壊してんじゃねぇよ・・・!!」
ジンはキョウの腕、そして目を見て体が動かなくなった。
なにか、獣か魔物に相対しているような感覚。
これがロード・オブ・ハンターの威圧か。
鎌蟹の気配、殺気を感じたが、それ以上の“力”に体は動かなかった。
そんなジンの頬を少しも離れていないところに、矢が通った。
何かから空気が抜けるような、もしくはハープか何かの弦楽器が奏でられるような音。
矢は鎌蟹の脳天を射抜き、命をも射抜ききった。
ジンは我に返り、クラインのほうを見る。
キョウほどの威圧感、というか殺気のようなものは無いにしろ、その目はやはり他のハンターを抜くものがあった。
その目が元のように優しくなり、ジンはようやく安堵に息を落ち着かせた。
「そうなんや。なら、ユウカさんはあの時、亡くなってもぉたんやね・・・」
「あぁ、俺の太刀は親父に教わったんだが、親父も大怪我して今はハンターも辞めた。」
「ジンさんのお父さんは今、訓練所で太刀の講師やってるんですよ!」
「ふぅ~ん。ウチが弓選んだんは、ユウカさんが弓使ってたからやで。」
「そういえば、その弓は珍しいな。なんて弓なんだ?」
ジンが指差した弓が、クラインの背中から手元まで運ばれる。
「これ?そりゃ珍しいわ。これ、奏でる鋼の弓って書いて『奏鋼弓ステレヴァンティア』って呼んでる。
ウチがロードになったときに、その殊勲か何かで作ってもろたんよ。」
暗がりでも銀灰色に輝く流線型の鋼に、青いつる草か何かのような装飾。
雪山の月明かりがそのまま写された雪のように、ほのかに輝いている。
「そう言えば、さっきから言ってるロードとかロード・オブ・ハンターって何すか?いったい・・」
「あぁ、ソゥ。お前にはまだ早い話かもしれないが、ハンターはその功績が称えられたら称号をもらえるだろう?」
はい、とソゥは頷く。
「その中でも、一般のハンターに与えられる称号のうち、一番高位にあるものが『ロード・オブ・ハンター』だ。」
「ハンターの道・・・?」
「いや、綴りが違う。道はROAD、こっちはLORD。支配者とかそういう意味だ。」
なるほど、と言うようにソゥはわざとらしくリアクションをとって見せた。
「ハンターの支配者、覇者かぁ・・・いい響きっすねぇ~!」
ソゥの口から奇妙な笑いがこぼれる。
ジンはため息をひとつついて、続ける。
「俺も、専用の武器まで貰えるとは知らなかったがな。まぁ、お前は勿論俺でも一生かかっても無理かもな。」
「あ、武器だけやなくて防具も作ってくれるんで。ウチらはまだ作ってもらってないけど。」
ジンは思った。上半身裸で防具も着けず戦うハンターに、優れた防具は必要なのだろうか。
「ほぁ――――・・・お、俺決めました!!ジンさん、俺たちでロード・オブ・ハンターになりましょう!!」
ソゥは目を輝かせて言う。
「へっ・・・甘い。甘すぎる。ハンターなめてんのか?」
すかさず反論したのはキョウだった。
「・・・・っ!絶対なれますよ!!絶対になってみせる!!今は力も技術も未熟でも・・・・」
「絶対・・・絶対なんて言葉はねぇ。
万人に訪れる絶対は、生を受けて生まれ行くことと、死をもたらされて死ぬことしかないんだよ。」
それは幾度もの人の死、そして自分と竜との命のやり取りを経て出した、キョウなりの答。
「・・・・・・・で、でも!絶対とは言えないかも知れないけど!俺は無理かもしれないけど、ジンさんなら・・・」
その言葉を聞くなり、キョウは舌打ちをする。
「へっ・・別に、なれねぇって言ったわけじゃねぇ。ハンデ背負った俺やクラインでもなれるんだよ。」
ジンは何も言うことが出来なかった。
確かにソゥの夢、目標は自分にとっても、どのハンターにとっても最後に行き着く夢だった。
それが今の自分には大きすぎることも十二分に理解している。
ハンデを背負いながらその夢を達成したなら俺たちもなれる、という意味ではない。
このロード・オブ・ハンター、キョウやクラインが血の滲む様な努力をしたことが、今やっと分かったように気がした。
「ったく、こんなこと俺に言わせんなよ・・・!」
キョウは照れくさそうに立ち上がる。
「雨はこれからもっと強くなる。お前らも早く帰れよ。」
そういうと、クラインの腕を引っ張り早々と洞窟を出て行ってしまった。
アラクアに帰ると、集会所にはギルドマスターと先のアイルーの姿。
「2人とも、お帰り~。」
ギルドマスターの息は、相変わらず酒臭い。
「今さっき、このネコさんから、救出が依頼として出されてねぇ。
でもあなたたち、もう完遂しちゃった?もしかして」
最後の秘宝、瓶のようなモノを差し出し、ジンは黙って頷く。
「それじゃ、これ。少ないけど。お礼らしいわよ。」
うふふ、と、ギルドマスターは酔っ払っているのに上品そうに笑う。
ギルドマスターの手には、アイルー族の紙幣と、必死で集めたのだろう、少ない小銭が光っていた。
Chapter7-1『昇格試験の日』へ続く
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